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2011年4月

2011/04/26

被災レポート7

3月20日に電気がきて、22日に水道が復旧してからは生活も落ち着きを取り戻した感じ。

買い物は商品が少なくまだ不便だけれど、普通に食事が摂れる状態になりました。

やっと本格的に家の片付け、掃除です。

泥水につかった家は手強いsign03

とても家族だけでは始末できないので、ボランティアをお願いすることにしました。

21、22、24日と新大久保のヨハネ教会のみなさんが来てくださいました。

韓国、中国、日本の混成チームです。

この教会から派遣されたボランティアは30人ほどで、何日か交代でマイクロバスで東京から来てくれているそうです。

教会に宿泊して食事も毎日東京から届くとか…かなり組織的に長期間のボランティア活動をしてくださっています。

とても気さくな青年たちで、ドロ掻きや重い畳、家具の運び出しなど力仕事を笑顔でしてくださいました。

322 これは24日にきれくれたメンバー、1回8人づつ3日間、のべ24人の青年たちが来てくれました(1度も同じ人は来なかったのよ)

物置の本類も処分しましたが、紛れていた聖書をみつけて

「これは捨てられません」と丁寧にドロを拭ってくれたのが印象的でした。

このヨハネ教会チームのおかげでドロだらけでぬかるんでいた庭も歩けるようになり、箪笥など処分する物も道路に出すことができました。

家族だけだったらこれだけで1ヶ月かかっていたかも…しかも腰が痛くなったに違いありません。

このチームをかわきりにたくさんのボランティアさんに助けていただきました。

416            4月16日のボランティアのみなさん

押入れの中や仏壇、漆器類など細かい作業をしてくださいました。押入れの中って蒲団や茶箱やアルバムやいろいろ詰まっていてとっても大変な仕事でした。

419   4月19日、最後のボランティア、TOYOTAチームのみなさん

総勢11名できてくれた若者たち、大和町の東北トヨタのみなさんでした。床板をはずしてドロを取り石灰をまく厄介な仕事を手際よくやってくださいました。

この他にも、山形の美術大学の方たち、北海道のご夫婦、山梨の茶髪くん、地元の中高生さん、等など合計12日間、60名以上の方にボランティアにきていただきました。

みなさん、本当に有難うございましたhappy01

何しろ60年の間にたまった家具が、置き場所があるのをいいことに処分もされず仕舞いこまれていたのですから、箪笥も本棚も茶箪笥もなにもかもが2軒分ある感じです。

祖父母の代からの着物類も泥水に浸かってダメになってしまったものはほとんど捨てて、押入れの茶箱も捨てすっきりさっぱり

思い出のものをいくらか残しただけになりました

Photo

今日は畳が入って、ぐっと家らしくなってきましたよ

          426

十畳の座敷と六畳の仏間の間には襖が4枚あったのですが、補強のため2枚分は壁を作りました。

三間の続き間では壁が少なくて地震には弱くもたないそうです。

以前のような日本間の美しさは保てないけれど、これからは安全第一です。

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2011/04/24

お天気が良くなったので、神社に桜を見に行きました。

日曜なので家族連れや若者たちがお花見してましたが、例年のような派手に賑やかなグループはなかったですね。

本当なら今日は花祭りの予定でしたが、震災のために中止になりました。

花祭りの頃には桜はもう散ってしまっているのですが、今年は寒さで開花が遅れてちょうど満開…でも去年よりも花が小さいというか、花芽のつきが悪かったのかちょっと淋しい感じがしました。

424 Photo 境内の桜はみな老木ですがみっしりと咲いていました。

ソメイヨシノは葉桜になっているものもあり、八重の枝垂れ桜が華やかなピンク色できれいでした。

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境内のおさんこ茶屋でお団子を食べました。ここはお花見シーズンには行列ができるのですが、今日も20人ほど並んでいました。いつもと同じ光景はほっとしますね。

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2011/04/22

嬉しい宅急便

今朝、遠い広島県から宅急便が届きました。

ブログのお友達kyonちゃんからです。

kyonちゃんは震災のあとすぐに《救援物資を送るね》メールをくれましたが、被災地への荷物は受け付けられなかったそうです。

準備してくれた物が無駄になってしまって申し訳なく思っていました。

そうしたら、《送るものの準備が出来たので送るよ~》とmailto

421kyon 靴下、下着、軍手、救急バン、クッキー、のんdogにまで美味しいものを送ってくれました。

そしてkyonちゃん手作りのバッグがたくさん

Kyon  Kyon_2

レース飾りのついたかわいい小物入れやデニムの手提げなど種類もいろいろです。

黒い和風の手提げは母にぴったり

バッグ類がダメになってしまった母は早速お財布やメガネをいれて重宝に使わせていただいています。

hollyに送るためにせっせと縫ってくれたのかなぁ~

会ったこともないブログ友のために、本当にありがとう

  happy01         happy01          happy01

バッグはたくさんあったので、鮎川へ出かけるプーさんに少し持って行ってもらいました。

鮎川の実家は津波で全壊、わずかに2階の屋根があるので家があったとわかるような状態だそうです。

避難所、高台にあるお姉さんの家、と移動して今は息子の家で暮しています。

牡鹿半島の小さな浜はほとんどが津波被害で壊滅的打撃をうけています。

全体の70%~80%が全壊の状態だとか…

親戚や息子を頼って土地を離れる人も多いことでしょう

お年寄りが多い街ですから家を再建したくても出来ない人もあるでしょうね

実家の姉夫婦も地元を離れる気持ちになっているのかも…

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2011/04/19

メール句会

震災からちょうど1ヶ月過ぎた4月11日、メール句会を再開しました。

忙しくてなかなか俳句を作る気持ちにもなれませんでしたが、あまり長い期間俳句から離れているとカンを取り戻せなくなりそうだったので。

clover木蓮の蕾真白し津波後

(もくれんの つぼみましろし つなみあと)

clover水漬くもの荒涼として人麻呂忌

(みづくもの こうりょうとして ひとまろき)

clover運不運表裏一体春の月

(うんふうん ひょうりいったい はるのつき)

句を作ってみたものの、どうしても震災がらみの句になってしまいます。

できるだけ直接的な表現は避けたつもりですが…

宮城支部例会は4月はお休みでした。

交通機関が復旧していなかったし、予定していた会場が使えなくなってしまったのです。

会報も、被災状況が酷かった私とNさんが参加できなかったこと、未曾有の災害時なので普通に会報をだしてよいものかという配慮などから当分お休みとなりました。

宮城支部会員全員が無事であったこと、報告があり安堵しました。

train仙石線は15日から一部開通、今日からは私の利用駅まで開通しました。

終点の石巻までの開通は何時になるか予定もたたないそうです。

新幹線は今月中には開通するでしょうし、空港も再開したようです。

少しづつ少しづつ復旧していますhappy01

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春なんだね

連日の後片付けでさすがに身体のあちこちがdespair~な感じです

ボランティアの方たちにお手伝いいただいて、なんとか事務所は片付き、今週から仕事も始められそうです…といってもまだガラス戸にガラスがはいらないのでビニールで塞いでいますcoldsweats01

使えなくなった機器は処分してまたボチボチ揃えていかなければなりません。

それでも、あのドロだらけだった部屋がなんとか復旧しました。

日曜日は1日休日、ゆっくりのんdogとお散歩です。

気がつけば桜も咲き始め、木蓮も沈丁花も咲いてたんだねえ

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417_2  417_3

家のプランターもドロを被ったり、どこかに流れて無くなったりさんざんです。

329 ドロの中から蕾が見えてきたので、あわててドロを取り除いて水をやっていたらちゃんとクロッカスが咲きました。

チューリップや百合は大丈夫かなあ…今年は牡丹が咲くかしら

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2011/04/14

家の修理

震災で痛んだ実家の家屋の応急修理…といってもなかなか大変です。

建物全体が歪んでしまっています。

素人の私が見るぶんにはたいして分りませんが、戸を閉めてみると3~5センチほど隙間ができます。

南側の縁側の引き戸は何枚か壊れたり無くなったりしているので、その分は板を貼ってもらいました。

至るところが柱を立てないと引き戸、障子、襖がはめ込めない状態です。それだけ屋根の重みで下がってしまったんですね。

軽量瓦に取り替えていたのにこれですから、従来の瓦のままだったら崩れていたかもしれませんsad

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玄関の壁もずいぶん落ちてしまいました、昔ながらの日本家屋の塗り壁なので余震があるたびにどんどん落ちています。414_2

座敷の床の間や鴨居の上、欄間の下など壁は何箇所も落ちています

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3月23日に水が出るようになって、やっと家の中のドロを落とせるようになりました。ドロだらけだった廊下もケルヒャーをかけて水洗い。

水洗いも1度ではきれいにならず2~3度は洗わないとだめなようです。

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畳を取り払った部屋全部を水洗いして乾かし、壁の応急修理が終ったら畳をいれる予定です。

実家も我家も《大規模半壊》という罹災証明をもらいました。

1階の天井まで浸水すると《全壊》、1メートル50センチ浸水すると《大規模半壊》という判定なのだそうです。

わが市では応急修理代として最高52万円まで支給してくれるそうですが、畳は6枚分しか認められないそうです。

8畳間と10畳間なのに…畳6畳って中途半端catface

ガラスは注文しても生産が追いつかないのかすぐには入れてもらえません。

近所でも板張りで間に合わせているお宅が多いです。

セブンイレブンも…これでも営業してくれてます

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7日の余震のあと断水したのですが、なおちゅんさんがお水をたくさん運んできてくれました。

23リットル入りのタンク2個とその他全部で55リットルも…

お野菜などもいただき、とっても助かりましたhappy01

みなさんからも、お米や食料、お見舞をいただき、本当に助かりました。

私の町は津波被害の地区が比較的狭い範囲だったのですが、それでも仮設住宅が60戸建てられます。

石巻や東松島町のように被害が広範囲の地域はまだ復旧作業さえ始められない状態とか…

避難所の様子を見るにつけ、いつまでこの状態が続くのかと思うと言葉もありません。

どうかこれ以上余震で被害がでませんようにと祈るばかりです。

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2011/04/09

4月7日

23時32分、震度6強sign03

これ余震だって~~ふざけるんじゃねえ~~って感じ

隣で寝ていた母の頭に蒲団をかぶせてかばいながら、食器がガチャガチャ壊れる音を聞いてるだけなんて…切ないわ~

すぐに停電になり真っ暗な中であたふた…棚に置いていた懐中電灯が揺れのため落っこちてなかなか探せないし、ロウソクも片付けてしまっていたのは迂闊だったわ

津波注意報がでたらしくサイレン鳴らした車が通ってるけど、近所を見ても誰も表に出てきてない。避難しようかどうしようか迷ったけど結局我家の2階で篭城。

dogのんを抱っこしてきた弟はさっさと蒲団にもぐりこんで、大丈夫だ~って自信満々。dogは怖かったのか震えて誰かに抱っこされたがってウロウロ

なんだかもう、がっかりするより怒りがこみ上げてきちゃって…この怒りは何に対してかなあ~地球に対して?

もうなんなんだよimpact~宮城県そんなに悪いことしましたっけ?~っていう開き直り的怒りかなあ

津波よ来るなら来いsign03っていう心境

結果的には津波はきませんでしたけど…ほっsweat01

しっかり揺れてくれちゃって、せっかく片付けた本棚も食器棚もおじゃんですよ

食器棚は観音開きの取っ手にゴムをかけて開かないようにしていたのに、誰かがかけ忘れたらしくてまた食器が割れました(不思議とヤマザキパンまつりでもらった皿は1枚も割れてない)

悔しいのは昼間大工さんがきてくれて応急処置してくれた玄関がまたダメになっちゃったこと

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引き戸が嵌らなくて戸が1枚も入れられなかった玄関ですが、両脇を塞いで引き戸2枚を使えるようにしてくれたのに、仮止めだったためにその日の夜にまたメチャクチャになっちゃいました。

実家は築60年くらいなんですが、そうとう頑丈に丁寧に造られた家なので何度かあった地震でも壁を塗り替えたり、瓦を軽量瓦にしたりと改修しながら十分暮していける家だったんです。

今回の津波でも建具は壊れましたが床や柱はしっかりしているので家自体が倒れる心配はないようです。

そうは言っても、震度6~7程度が何度もくるのではどうなることか…

お隣さんは3月11日の地震で家の側面の壁がすっかり落ち、4月7日ので家の前面(店舗)の壁とウインドウが壊れ、我家側の側面の壁に大きな亀裂が入って何時落ちてもおかしくない状態になりました。

余震は1年くらいは続きそうなことTVで言ってましたけど、もうたくさんですよ~shock

今夜から枕元にランプ付きヘルメットを置いて寝よう

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2011/04/07

被災レポート6

  3月17日(木)

相変わらずの給水に列ぶ生活

もう1週間になるのに我家の1階は玄関以外は手付かず

さらに、プーさんの仕事の事務所も手付かず…我家で最大の被害はこの事務所です。

PC、プリンターなど仕事で使うものが全滅です。

今までの仕事のデータがすっかりダメになってしまいました。

出入り口には大きなスチール製の書類棚が倒れていて中に入ることも難しい状態です。

プーさんもすっかり諦め顔で、水道が復旧するまで手をつけないつもりのようです

床のフローリングはすっかりドロで覆われていて、地震で床に落ちたものはもう使えません

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hollyが気前よく会社のみなさんに炊き出しをしていたら、我家のお米が怪しくなってきました。

お米屋さん開いているかしら…

弟と震災後初めての市内まわり…お米を求めて00の旅です

お米屋さん、やっぱり開いていません。

開いているお店も売り切れ…みんな一斉にお米を買ったのかしら

考えてみたら、震災後パンは売っていないし、お店が開いてないのでお蕎麦やうどんを買うこともできないのでみんなお米を食べるしかないのかも…

何軒も回って、やっと玄米10キロだけ売ってもらえました。

玄米ということは、精米所へ直行なわけで、電気がきてそうな場所の精米所を探して行ってみると当然こちらも混んでました。40分待ってやっと精米。

みんなの話だとスーパーや生協は短時間開けていて、限られた商品しか売っていないらしい。道路がやられているので商品が届かないのか手配のつく商品しかない。それも2時間くらい列んで買う状態とか。

hollyは幸いなことに何時間も列ばなくても、弟がのんの散歩がてらあちこち歩いて食料を買ってきてくれるので助かりました。

個人商店は店の外で野菜や在庫の肉類を販売し始めているので穴場を探していけば何とか買えるのです。

ガソリンスタンドは開けていないところがほとんど。

たまに開いているスタンドには長い列が出来ていて5時間待ちで3000円分とか。

ガソリン節約のため自転車大活躍、売り切れで手に入らず、ちょっと置いておくだけで盗まれてしまう事態に…

震災後1週間はずっとこんな具合でした。

3月20日(日)

hollyは母の友人Nさんのお宅へお洗濯をさせていただきに行きました。

Nさんはとっても気の利く方で、なんと私達のためにお風呂を手配してくれていたのです。

Nさんは「友の会」会員で、おなじ会員さんのお宅でオール電化なのでガスなしてお風呂OKのお宅があり、そこへ連れて行ってくださいました。

《00の湯》お1人様500円、石鹸やシャンプーもそろっていてとても気持ちのよいお風呂でした。ただで入れていただくよりもこのほうがいいですね。

震災以来10日ぶりのお風呂でした。

帰宅したら電気のブレーカー検査に来ていて、どうやら今夜から電気が復旧するらしい…happy01

今夜からは明るい夜~~うれしい

電気がつくと一気に普通の生活になった気分

TVも見られるし…だけどTVから流れてくるのは悲惨な津波災害のニュース

今までは携帯ラジオと新聞でしか知らなかった被災地の様子を映像で見るとshock

PCに載せられた映像もすごい…イ0ンの屋上駐車場から撮った映像、走っている車があっという間に津波に飲み込まれていく…これがその車です。電柱に激突していました、運転していた人はどうなったんだろう

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郵便局の前で積み重なっていた車の撤去作業中に、車中で亡くなっていた人が2人見つかったと聞いた。

これからもっともっとたくさんの人たちがこんなふうに見つかるのだろう。

20日は《佐藤鬼房顕彰俳句大会》の日のはずだった。

会場の建物も1階が津波でやられて、それどころではなくなってしまった。

4月7日現在

宮城県の死者7648人、行方不明6321人

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ブログの庭

インターポット
ブログの庭に見慣れない鳥がやってきました。
水飲み場に留まっています

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2011/04/05

被災レポート5

3月15日(火)

5時起床、寒い…今日も雪模様かな

相変わらず家の前の国道のド真ん中に車がおきっぱなし、隣りの家の前の電柱にぶつかってる車もそのまま、大きな物置も道路にはみだしたまま。

郵便局の前には大量の車が折り重なってつぶれている。

たぶん車の持ち主も自分の車がどこにあるのかわからなくなっているのだろう。

国道の真ん中の車の持ち主が来て、車を家の前へ寄せていった。富谷の方で息子さんが秋田の大学を受験するので秋田まで送っていくためのガソリンを車から抜きにきたのだそうだ。

弟の車を解体屋に引き取ってもらう話をしたら、一緒に解体屋に引き取ってもらいたいと自分の車のナンバープレートをはずしていった。

午後に母の友人Nさんがタクシーで市内の知人を何軒か回って安否を確かめて食料などを配るために来てくれた。

レトルトカレー、南瓜の煮物、漬物、サランラップ、卓上コンロのガスなど頂く。

Nさんのお宅は新しいマンションで耐震性を第一に考えて購入したので建物は破損していないし、水も電気もきているという。

仙台市内でも地域によって被害もずいぶん違っているようだ。

今日も市役所に水を貰いに行く、途中消防署前を通ったら岡山ナンバーや長野ナンバーの救急車や消防車が止まっていた。各地から応援に来てくれている。

町中が埃っぽくてマスクなしでは歩けない感じ、異常な光景に神経が興奮して妙な高揚感がある。

3月16日(水)

近所中に流された車が放置されている状態はそのまま。

辛うじて通行の邪魔になる車だけ脇に寄せられてやっと2車線確保できている。

仕事に出かけるが、稼動できる車がほとんど無く開店休業。

地震以来まったく連絡の取れない社員が2~3名、自宅が遠いのでガス欠で出社できないのかも…携帯電話はまだ調子が悪い。

今日もお昼用におにぎりを作り、3時には帰宅する。

この後も何日も水道が復旧せず、市役所の給水に列び、沢水を汲みに行く毎日。

津波のドロはあまりに多くて手がつけられない。

玄関だけはドロをすくって、沢水で流し雑巾がけをするが庭を歩くと靴底がドロドロですぐに玄関もドロだらけになってしまう。

Photo

これ、まだいいほうです、すぐに靴底についたドロ土で玄関のタイルが真っ黒になっちゃいます。

キッチンのゴミペールにビニール袋を入れ沢水を汲み置きしておいてトイレや掃除に使っていました。

水の有難さが身に沁みた10日間でした。

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被災レポート4

3月14日(月)

今日は普通だったら仕事の日

交通機関はマヒしているけど、通勤bicycle5分の私は徒歩でも10分程度

正常に機能しているとは思えないけれど、とりあえず出社してみる

近所はまだ避難中なのか妙に静かで人影も車もまばらで、会社への道にはロープが張ってあり車の通り抜けは出来なくなっていた。

この状態で営業するか?…って、ちゃんと走ってる営業車が何台かありました。。

頼りにならない上司はただウロウロするばかりで何も決断できないから、みなできる上司が出社するのを待っているという状態

こういう時はそれぞれの人間性がはっきりでますね

この上司は後からいろいろ言われるのがいやなので指示があるまで行動しないタイプなんです。

hollyはとりあえずやれることはやっちゃえばいいんじゃない…というタイプ、非常時には待ってる時間が無駄だから、やるだけやってそれがダメだというならお叱りをうければ済むことだし事後承諾でも仕方ないことだってあるでしょ

でも、これは会社という組織で働くには適さない考え方かも…

それにしてもこんな非常事態には社長が陣頭指揮を執るものじゃないのかぁ~~?

できる上司に任せっぱなしでろくに会社に顔も出さないって…いったい誰の会社なんだよ~なさけないったらangryangryangryangryangry

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