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2011/02/17

芥川賞

芥川賞は何時頃から上半期、下半期に分けて1年に2回になったのだろう…

太宰治が喉から手が出るほど欲しがっていた頃には1年に1回だったんじゃなかろうか

そんなことを思いつつ、文芸春秋を開く

今回の受賞者の対照的なこと…

清楚でハイソなお嬢様風、朝吹真理子氏、名前で見当がつくフランス文学者一族のマドンナ

かたや、中卒で逮捕歴まである中年のおっさん西村賢太氏

まずは朝吹氏の「きことわ」から読み始めてみたら、これが読みにくいというか、読み流しにくいタイプの小説だったので、西村氏の「苦役列車」から読むことにした。

西村氏は私小説というジャンルの物書きらしく、文章は私小説の大家から学んだとおぼしい語り口が心地よくすらすらと読める。

世間の最底辺に生きる日雇い青年貫太の日々を書いているのだが、珍しくできた同じ年の友人との会話で「おれ」じゃなくて「ぼく」なんて言うかなあ?

それに「蕎麦」を「おそば」なんて書いてるのも気に入らない。

友人もいない主人公が、日雇いのアルバイトに来た専門学校生との間に束の間友だち関係ができるが、彼はやがて学校へもどり貫太はまた味気ない日雇い生活に戻り、仕事先でもトラブルから日雇い荷役の仕事さえ失ってしまう。

で、この束の間の友達関係を経て貫太は何か変わったかというと、そんなことはなく相変わらずの出口の無い日雇い生活を続けていく…という作者の若い頃の生活そのままを綴っていると思わせるような小説

私小説とは大凡こうしたものであろう

破滅的な惨めったらしい救いようのない生活、生き方でなければ私小説はなりたたない?

そりゃ、普通の一般的な生活だったらわざわざ書かなくても読者だって同じだものね

ひとつ単純な疑問として…私小説が作者の人生、生活を描くものならば、それを赤裸々に書いてしまえば次は何を書くのか?

角度を変えて書いたとしてもテーマは常にひとつしかないわけで、自分の惨めな境遇と生活と精神を泥の中を這いずり回るように書き続けるしか道はないのか?

私小説=悲惨ってわけじゃないけど、作者の暗い部分をヒューチャーして書く場合がほとんどだからハッピーな話にはならない。

それにしても「苦役列車」は題名としては言い過ぎと思った。

西村氏の敬愛する私小説家「藤澤淸造」の作品でも覗いてみようかな…って名前も聞いたこと無いんだけどね

pencilウィキペディアで私小説を見たら、かなり幅広いジャンルらしい。田山花袋や夏目漱石、森鴎外の作品もリストアップされていた。

考えてみればことさらに私小説と呼ばなくとも、純文学とされる分野では「書き手と主人公が同一視」される作品が多いね。

純文学という区別も曖昧、私小説という区別も曖昧

ところで芥川賞、たまには該当者なしっていうことは無いの?

ここ何年か受賞作を読んでるけど、正直今年は無しでよかったんじゃないの?って思ったことがありましたよ。

でも、某作家の場合、これで芥川賞かあ?って思ってたらその後だいぶ腕を上げて売れっ子作家になってたなんてこともあるから…ま、入学試験みたいなものかな

特別読書好きというわけでもないhollyごときに、こんなこと言われちゃうなんて…coldsweats01

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コメント

こんばんは♪
hollyさんえらい、芥川賞ちゃんとチェックしてるとは。coldsweats02
昔はあんなに読書好きだったのに、
私は最近全然本を読まなくなっちゃいました、反省。down
芥川賞といえば思い出すのは・・・
「赤ずきんちゃん気をつけて」・・って古過ぎるってば!coldsweats01

投稿: 雪うさぎ | 2011/02/21 00:30

雪うさぎさん

芥川賞作品を読むようになったのはここ10年くらいです。
もともとたいして読書好きじゃないので…coldsweats01

「赤ずきんちゃん気をつけて」
私大好き、この後書かれた庄司薫の小説いくつか読みました。
「蹴りたい背中」とか青春真っ只中の心の揺らぎを書いた小説が好きなのかも

投稿: silent-holly | 2011/02/21 21:35

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