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2008/03/08

3月の季語

私の俳句の季語は植物が多い。一番身近にあるものなので、季語からの連想が広がりやすいためと思う。

菜の花や唇に淋しき薄荷飴

宮城野の風待つ欅芽吹きたり

少年の敬語美し水仙花

         ・・・・・・・・・柊

お気に入りの飯島晴子は、季語の斡旋も意外性に富んでいて、興味深い。

紅梅であったかもしれぬ荒地の橋・・・・・晴子

この句は渡良瀬川遊水池へ芦刈を見に行った時の作とある。 

荒地に粗末な橋がかかっていたが、川も橋も存在感が薄くて、何にでも変化しそうな気配に思われた。荒地という現実性の欠落した空間であるから、紅梅であったという夢を描くことができた。と自句解説に書いている。

上記の柊作の3句の季語の置き方と比べて(比べるなどとおこがましい)季語のはたらきの違いが歴然としている。

紅梅のただ見た目の美しさだけではない、その奥にある何百年も和歌などに歌い継がれてきた歴史をも踏まえての、紅梅のもつ情念、神秘性、といった域にまで思いを馳せて季語を深く捉えている。ただの梅や白梅ではだめなのだ。紅梅でなければならない所以がそこにあると私は思う。

          

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